した跡だわ……」妻はしきりに自分の女学生時代の事を思い出しているらしく、いくぶん上ずったような声で私に云った。
「ボンファイアって何だい?」私はそういう妻から努めて話を引き出すように訊《き》いた。
「まあ、ボンファイアを知っていらっしゃらなかったの? 呆れたわね。」妻は少しはしゃいでいた。「夕方になってから、みんなで焚火をしてね、そのまわりで最初はお祈りをしたり、讃美歌を唄ったりして、礼拝をするのよ。――それが終ると、ソオセエジを串焼きにして麺麭《パン》にはさんで食べたりしながら、その焚火のまわりで踊ったりなんかして遊ぶんだわ。素敵だわよ。……」
 私は少してれ臭そうに聞きながら、最後に言った。「ふん、ソオセエジをその焚火で串焼きにして食べるのかい? それは好いなあ。」
 が、私の心の裡《うち》に、こういう山に囲まれた湖畔で、そんな焚火を背景にして、大勢の若い娘たちが生の悦《よろこ》びに充《み》ち溢《あふ》れながら遊び戯れる光景を、殆ど眼底にしみつくように、鮮かに浮ばせた。
 妻はそこに落ちていた燃え残りの薪を拾って、湖水の方へほうった。それは水まで届かないで砂地に落ちた、引汐時《ひき
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