ころに荒らされた跡があった。木の枝などが無残に折られたままになっていたりした。そういう場所の傍を通るときは、私達はどちらからともなく少し足早に通り過ぎた。
 急に私達の前が明るくなって、其処には山寄りに一軒、ちょっとした小屋が閉されたまま立っていた。それがY・W・C・Aの寮にちがいなかった。そして其処から湖寄りには、柵《さく》をめぐらした砂地があり、そこにも小さな掘立小屋があった。私達は柵を押しあけて、構わずにそっちの方へはいって往った。
 其処は湖水が何処よりもぐっと深く入り込んでいた。そのせいか、湖水もここいらあたりが一番奥まった感じだった。一体、斑尾と黒姫の太古の噴火のため、その間の谷が殆ど埋まって、ただ一つ昔のままの姿をとどめているのが、この野尻湖だという事だった。此処の入江に立っていると、こんもりと茂った木々の間に、いかにも伝説のありげな黒姫山が何か遠いような感じで見えた。斑尾山はいま丁度私達の背後から迫っているのだろう。
 私達が其処で山だの湖だのを眺めながら、その岸の砂地をぶらぶらしていると到る処に焚火《たきび》の燃え残りのようなものが残っていた。
「これはボンファイアを
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