その席で、息子のフリイドリッヒの運命は遂に荒れ狂う。先ず、彼と大の仲好しの、彼と瓜二つに似た、孤児のヨハンが台所からバタアを盗み損って皆から追い出される。それだけでもフリイドリッヒは引け目を感じたのに、皆に見せびらかした銀時計の事から、金貸の猶太人にみんなの前で辱しめられる。その晩、その猶太人が森のなかの大きな※[#「木+無」、第3水準1−86−12]の下に殺されている。フリイドリッヒもヨハンもゆくえ知れずになる。老いた母だけがあとに淋しく残る……
私はとうとう物語の結末だけを残して、その本を閉じた。そうして籐椅子に靠《もた》れながら、疲れた目をしばらく湖水の面に注いでいた。相変らず薄曇った空、薄ぼんやりした山、鈍く光っている湖、――それ等はしかし、どうやらそれなりに落ち着きを持ち出しているように見えた。
同宿の外人の娘達も、午後中、何処へも出ずに無聊《ぶりょう》そうに部屋でごろごろ横になっているらしい。そのうち二人で本でも読み出したらしい。なんの本だか、薔薇色《ばらいろ》の娘の方が低い声でそれを音読している。ポロシャツの娘はそれを聞きながら、ときどき他愛ない笑い声を立てる。
「お
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