背中を向けて、昔のまんま黒姫や戸隠の方ばかりを向いている。いかにも一茶のような俳人を生んだ田舎らしい面がまえだ。そういう田舎田舎した部落と、例のハイカラな外人部落とが、一つの木戸ごしに、お互に無頓着《むとんじゃく》そうに背中合わせになっている。そういうところが、私にはなんとも云えず面白かった。
どうやらお天気も当分このまま保ちそうで、薄日が相変らず射したり消えたりしている。私達は暫くその三叉路《さんさろ》のところでぐずぐずしていたが、いつまでもそうしていてもしようがないので、東に向う道を歩いて往って見る事にした。なんだかその笹で縁どられた道の感じでは、それが何処かでホテルの裏を通っている道と一しょになっていそうだった。その道を歩いて往くと、すぐ南の方に飯綱山が木の間ごしに穏かな姿を見せ出した。
*
昼飯の後、私は自分の部屋に閉《と》じ籠《こも》ったり、ヴェランダの籐椅子《とういす》に足を伸ばしたりしながら、大へんお行儀悪く「猶太《ユダヤ》びとの※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》」を読みつづける。物語はいよいよクライマックスらしい村の或る婚礼の場面になる。
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