黙ったまま私の横の籐椅子に腰を下ろした。私はそれを承知で、しかし本からは目を放さずに、その頁を読《よ》み了《お》えてしまうまでじっとしていた。それから漸っと妻の方へほっとしたような顔を上げた。
「話してもいい?」妻は私の方を見た。
「きょうは御勉強、それとも何処かへお出掛けなさるの? なんだかはっきりしないお天気だけれど……」
「出掛けて、途中で雨にでも逢ったらつまらないから、此処でこうして本でも読んでいたいなあ……」
「それもいいわね。」
妻もいつかそんな気になっているらしかった。もうそういう気まぐれな私には慣れっこになっているので、そっとして置くよりしようがないと観念しているのかも知れなかったが……。そうと決まると、妻は落着いて髪を結いに部屋へ引っ込んだが、暫くするとこんどは自分も本を持って出てきた。そして私と並んで本を読み出した。
ときどき小鳥が、そんな私達の頭とすれすれのところを、幽《かす》かな羽音をさせながら、よろめくように翔《と》んで過《よ》ぎった。
例の娘達の部屋はまだひっそりと窓掛けを下ろしたまま、何んの物音もしないでいた。そのうち漸っと目をさましたと見え、何か二
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