》の閨秀作家《けいしゅうさっか》の書いた「猶太《ユダヤ》びとの※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》」という物語だった。南独逸の木深い谷を背景にして、酔払いの夫が或る吹雪の晩に森のなかで横死してからの、その寡婦と息子との荒《すさ》んでゆく運命を、女にも似げない、強靭《きょうじん》な筆で書いたものだった。丁度、私はその息子のフリイドリッヒが彼を養子にした叔父のシモンの悪い感化の下で次第に村のならず者になってゆく宿命的な経路を描いた物語の半ばを読みかけていた。――或日、森のなかでちょっとした事から彼が口論した一人の山林監視人がすぐそのあとで何者かに殺される。先ず嫌疑はフリイドリッヒにかかる。が、彼のアリバイが認められ、事件はそのまま迷宮に入ろうとする。次ぎの日曜の明け方、教会に往こうとして月あかりのなかに台所で祈祷書《きとうしょ》を捜していたフリイドリッヒは、戸口で寝巻姿の儘《まま》の叔父のシモンに呼びとめられる。二三の押し問答の末、フリイドリッヒは例の殺人犯人は実はその叔父であるのを知る。その儘、彼は教会へも往かずにしまう。……
そのとき漸っと起きてきた妻は、まだ眠そうに、
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