…」
 私は再び一面に雲の出ている夜の空を見上げた。これはどうも明朝あたりから天気が崩れそうだぞと思った。だが、まあ好い、本当にあしたの事はあしたの事だ。……

    *

 明け方早く目を覚ますと、裏の山で何か聞きおぼえのある小鳥がしきりに囀《さえず》っている。この夏、いろんな小鳥の啼《な》きごえを教わったのは好いが、あんまり一遍に教わり過ぎて、どれがどれだか混んがらかってしまっていた。いまもいま、半分寝呆けて、その小鳥の声を耳にしながら、
「おい、あれはなんだっけな。……おい、おい、好いか、おれがそれを思い出せたら、お前も起きるんだぞ。思い出せなかったら、もっと寝かせてやるよ。」
 妻はまだ眠たそうで、そんな小鳥なんぞどうでもよさそうだった。
 私はそれには知らん顔で、一生懸命にその口真似をしては、その小鳥を思い出そうとしていた。
「あれは蒿雀《あおじ》だ。……」私は漸《や》っとそれが思い出せると、飛び起きて、窓ぎわに寄っていった。其処から見えた赭松《あかまつ》の一つの枝で小さなオリイブ色をした小鳥が二羽飛び交していた。それは蒿雀にちがいなかった。
「おい起きろよ。……」私はしか
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