こがさっきの娘たちの部屋らしい。私達がヴェランダに出て黙ったまま煙草をふかしていると、隣りの真っ暗な部屋から低い囁《ささや》き声《ごえ》が漸《ようや》くし出した。それとはなしに耳を傾けていると、一人が絶えず甘えるような声で何かを囁きつづけているのを、もう一人はふんふんといった調子でさも気がなさそうに聞いていた。そうしてはときどきよく生意気な青年がするように、どうでもいいような素っ気ない笑い声を立てていた……
「もうおはいりにならない? すこし冷え冷えしてきたわ……」妻がいった。
「……」私は黙って、山の上にいつか漂い出している夜の雲を見上げていた。
「それはそうと、あしたはどうなさるおつもり?」
「うん、まあ、もう一日位、此処にいてもいいな。静かだから、本ぐらいは読めそうだ。」
私は思い出したように、手にしていた小さな本を開いた。それを少し遠くからのあかりで読もうとしかけた。
「こんな暗いところで、そんなものを読むのはおよしなさいな。……とにかく、こんやは疲れているからもうお休みにならない? あしたの事はあしたの事にして……」
「うん、それもよかろう。あしたの事はあしたの事にするか…
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