私たちの田舎ずまいは、一銭銅貨の表と裏とのように、いろんな家畜小屋と脊中《せなか》合わせだった。ときどき家畜らが交尾をした。そのための悲鳴が私たちのところまで聞えてきた。裏木戸を出ると、そこに小さな牧場があった。いつも牛の夫婦が草をたべていた。夕方になると、彼等は何処《どこ》へともなく姿を消す。そのあとで、私たちはいつもキャッチボオルをした。するとお前は、或る時はお前の姉と、或る時はお前の小さな弟と、其処まで遊びに出てきた。いつだったかのように、遠くで花を摘んだり、お前の習ったばかりの讃美歌《さんびか》を唱《うた》ったりしながら。ときどきお前がつかえると、お前の姉が小声でそれを続けてやった。――まだ八つにしかならない、お前の小さな弟は、始終お前のそばに附きっきりだった。彼は私たちの仲間入りをするには、あんまり小さ過ぎた。そんな小さな弟に毎日一ぺんずつ接吻《せっぷん》をしてやるのが、お前の日課の一つだった。「今日はまだ一ぺんもしてあげなかったのね……」そう云って、お前はその小さな弟を引きよせて、私たちのいる前で、平気で彼と接吻をする。
 私はいつまでも投球のモオションを続けながら、そ
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