、出発した。

 秋になってから、その青年が突然、私に長い手紙をよこした。私はその手紙を読みながら、膨《ふく》れっ面《つら》をした。その手紙の終りの方には、お前が出発するとき、俥《くるま》の上から、彼の方を見つめながら、今にも泣き出しそうな顔をしたことが、まるで田園小説のエピロオグのように書かれてあったから。しかし、私はその小説の感傷的な主人公たちをこっそり羨《うらやま》しがった。だが、何んだって彼は私になんかお前への恋を打明けたんだろう? それともそれは私への挑戦状のつもりだったのかしら? そうとすれば、その手紙は確かに効果的だった。
 その手紙が私に最後の打撃を与えた。私は苦しがった。が、その苦しみが私をたまらなく魅したほど、その時分はまだ私も子供だった。私は好んでお前を諦《あきら》めた。
 私はその時分から、空腹者のようにがつがつと、詩や小説を読み出した。私はあらゆるスポオツから遠ざかった。私は見ちがえるようにメランコリックな少年になった。私の母が漸《ようや》くそれを心配しだした。彼女は私の心の中をそれとなく捜《さぐ》る。そしてそこに二人の少女の影響を見つける。が、ああ、母の来る
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