でなかったならば、私は彼には見向きもしなかっただろう。が、彼がお前の気に入っているらしいことに、誰よりも早く気がついたのも、この私であった。
 その青年の出現が、薬品のように私を若返らせた。この頃すこし悲しそうにばかりしていた私は、再び元のような快活そうな少年になって、お前の兄たちと泳いだり、キャッチボオルをし出した。実はそうすることが、自分の苦痛を忘れさせるためであるのを、自分でもよく理解しながら。今年《ことし》九つになったお前の小さな弟も、この頃は私達の仲間入りをし出した。そして彼までが私達に見習って、お前をボイコットした。それが一本の大きな松の木の下に、お前を置いてきぼりにさせた。その青年といつも二人っきりに!
 私は、その大きな松の木かげに、お前たちを、ポオルとヴィルジニイのように残したまんま、或る日、ひとり先きに、その村を立ち去った。
 私は出発の二三日前は、一人で特別にはしゃぎ廻った。私が居なくなったあとは、お前たちの田舎暮らしはどんなに寂しいものになるかを、出来るだけお前たちに知らせたいと云う愚かな考えから。……そうしてそのために私はへとへとに疲れて、こっそりと泣きながら
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