それで、まだ両親の許《もと》をはなれて、ひとりで旅行をするなんていう芸当も出来ない。だが、今度は、いままでとは事情がすこし違って、ひとつ上の学校に入ったので、この夏休みには、こんな休暇の宿題があったのだ。田舎へ行って一人の少女を見つけてくること。
 その田舎へひとりでは行くことが出来ずに、私は都会のまん中で、一つの奇蹟《きせき》の起るのを待っていた。それは無駄《むだ》ではなかった。C県の或る海岸にひと夏を送りに行っていた、お前の兄のところから、思いがけない招待の手紙が届いたのだった。
 おお、私のなつかしい幼友達よ! 私は私の思い出の中を手探りする。真っ白な運動服を着た、二人とも私よりすこし年上の、お前の兄たちの姿が、先《ま》ず浮ぶ。毎日のように、私は彼|等《ら》とベエスボオルの練習をした。或る日、私は田圃に落ちた。花環を手にしていたお前の傍《そば》で、私は裸かにさせられた。私は真っ赤になった。……やがて彼等は、二人とも地方の高等学校へ行ってしまった。もうかれこれ三四年になる。それからはあんまり彼等とも遊ぶ機会がなくなった。その間、私はお前とだけは、屡々《しばしば》、町の中ですれちがっ
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