私一人だけ、いつまでも砂の中に埋まっていた。私は心臓をどきどきさせていた。私の隠し立てが、今にもばれそうなので。そうしてそれが、砂の中から浮んでいる私の顔を、とても変梃《へんてこ》にさせていそうだった。私はいっそのこと、そんな顔も砂の中に埋めてしまいたかった! 何故《なぜ》なら、私は田舎から、私の母へ宛てて、わざと悲しそうな手紙ばかり送っていた。その方が彼女には気に入るだろうと思って……。彼女から遠くに離れているばかりに、私がそんなにも悲しそうにしているのを見て、私の母は感動して、私を連れ戻しに来たのかしら?……それだのに、私は、彼女に隠し立てをしていた一人の少女のために、今、こんなにも幸福の中に生埋めにされている!
 おっと、待てよ。今のさっきの様子では、お前は私の母をなんだか知っていたようだぞ! そんな筈《はず》じゃなかったのに?……と、私は砂の中からこっそりとみんなの様子をうかがっている。どうやら、私の母とお前たちの家族とは、ずっと前からの知合らしい。私にはどうしてもそれが分らない。これでは、欺こうとしていた私の方が、反対に、私の母に裏を掻《か》かれていたようなものだ。突然、私は砂を払いのけながら、起き上る。今度はこっちで、あべこべに、母の隠し立てを見つけてやるからいい!……そこで、私はお前にそっと捜《さぐ》りを入れてみる。皆のしんがりになって、家の方へ引きあげて行きながら。……
「どうして僕のお母さんを知っていたの?」「だってあなたのお母様は運動会のとき何時《いつ》もいらっしってたじゃないの? そうして私のお母様といつも並んで見ていらしったわ」私はそんなことはまるっきり知らなかった。何故なら、そんな小学生の時分から、私はみんなの前では、私の母から話しかけられるのさえ、ひどく羞《はず》かしがっていたから。そうして私は私の母から隠れるようにばかりしていたから。……
 ――そして今もそうだった。井戸端で、みんなが身体《からだ》を洗ってしまってからも、私は何時までも、そこに愚図々々していた。ただ、私の母から隠れていたいばかりに。……井戸端にしゃがんでいると、私の脊くらい伸びたダリアのおかげで、離れの方からは、こっちがちっとも見えなかった。それでいて、向うの話し声は手にとるように聞えてくる。私のボンボンの電報のことが話された。みんなが、お前までがどっと笑った。私はてれ
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