り出《い》でて
余が聞きたる音調をそれに止《とど》め置かんと試みたり。
されどそは遂《つい》に効を奏さざりき。
その時余が作りたる楽曲、即《すなわ》ち Trillo del Diavolo[#「Trillo del Diavolo」は斜体]は
余が夢中聞きたるものと比較せば、
その及ばざること甚《はなは》だ遠し。」
これは晩年大作曲家自らが
彼の友人の天文学者ラランドに洩《も》らした感慨だそうな。
さて、左様なタルティーニが感慨はさることながら、
微々たる群小詩人の一人に過ぎぬ私も
夢の中で二三の詩の構想を得たばかりに、
何んとかしてそれに形体を与えようと随分苦しみ※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いたものだ。
しかし夢中ではあんなに蠱惑《こわく》的に見えた物語の筋も、
目覚《めざ》めてみれば既にその破片しか残ってはおらず、
何度《なんど》私はそれ等《ら》の破片を、朝|毎《ごと》に
海岸に打ち揚げられる漂流物のように
唯《ただ》手を拱《こまね》いて悲しげに眺《なが》めたことか。
「ああ、夢の中の詩人の何んと幸福なことよ。
ああ、それに比べて現実を前にした詩人の何んと
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