にはもう日がとっぷりと昏《く》れて、石廓《せっかく》のなかはほとんど何も見えない位でした。それでも僕はバスに乗りおくれたばかりにもう一度それが見られて反って好いことをしたと思いながら、もと来た道を引っかえして再び駅のほうへ薄暮のなかを歩いてゆきました。それからまた五条野のあたりで道に迷って、やっと駅に著《つ》いたときは月の光を背に浴びていたことは前にも書きました。
もう大ぶ夜もふけたようです。あすからの旅のことを思いながら、ちょっと部屋の窓をあけてみたら、凄いような月の光のなかに、荒池がほとんど水を涸《か》らしてところどころ池の底のようなものさえ無気味に見せています。僕はなんということもなしに複製で見たエル・グレコの絵を浮かべました。――こんやはどうも寝たくはないような晩だけれども、あすの朝は早いのだし、それに四時間ばかり汽車にも乗らなければならないのだから、なんとかうまくあやして自分を寝つかせましょう。
[#地から1字上げ]一九四一年十二月四日、奈良ホテルにて
斑雪《はだれ》
「冬になって、雪がふったら、すぐ知らせて下さい。そのときはきっと、一人ででもやって来ますから。
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