躁《しょうそう》のようなものさえ感ぜられるのです。――で、僕は朝おきぬけにホテルを立てるようにすっかり荷物をまとめ、それからやっと落ちついた気もちになって、君にこの手紙を書き出しているのです。こんどこちらにちょっと来ているうちにいろいろ考えたこと――というより、三年まえに君と同道してこの古い国をさまよい歩いたときから僕のうちに萌《きざ》しだした幾つかの考えのうちでも、まあどうやらこうやら恰好のつきだしているものを、ともかくも一応君にだけでも報告しておきたいと思うのです。

    ※[#アステリズム、1−12−94]

 その三年前のこと、僕はいままでの仕事にも一段落ついたようなので、これから新らしい仕事をはじめるため、一種の気分転換に、ひとりで大和路をぶらぶらしながら、そのあたりのなごやかな山や森や村などを何んということなしに見てまわって来るつもりでした。それが急に君と同伴することになり、いきおい古美術に熱心な君にひきずられて、僕までも一しょう懸命になって古い寺や仏像などを見だし、そして僕の旅嚢《りょのう》はおもいがけなくも豊かにされたのでした。きょう僕がいろいろな考えのまにまに歩い
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