なレクヰエムだ、古代の埃及《エジプト》びとの数種の遺文に与えられた「死者の書」という題名が、ここにも実にいきいきとしている。
 主 毎日の写経に疲れて、若い女主人公がだんだん幻想的になって来、ある夕方、日の沈んでゆく西のほうの山ぎわにふと見知らない貴いおかたの俤《おもかげ》を見いだすところなども、まだ覚えている。
 客 あの写経をしている若い女のすがたは美しいね。僕はあそこを読んでからは女の手らしい古い写経を見るごとに、あの藤原の郎女《いらつめ》の気高くやつれた容子《ようす》をおもい出して、何んとなくなつかしくなる位だ。
 主 あの小説には、それからもう一つ、別の興味があった。大伴家特《おおとものやかもち》だ。柳の花の飛びちっている朱雀大路《すざくおおじ》を、長安かなんぞの貴公子然として、毎日の日課に馬を乗りまわしている兵部大輔《ひょうぶたいふ》の家持のすがたは何んともいえず愉《たの》しいし、又、藤原仲麻呂《ふじわらのなかまろ》がその家持と支那文学の話などに打ち興じながら、いつか話題がちかごろ仏教に帰依した姪の郎女《いらつめ》のうえに移ってゆく会話なども、いかにもいきいきとしていたな。
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