んだのが誰であつたかといふ事に、氣づくのだ。そして彼はその祖母が死んでから一年許りと云ふもの、彼女のことも、彼女に對する自分のこまやかな愛情すらも、すつかり忘却してゐたこと(プルウストはそれを「心の間歇」と呼んでゐる)を認めて驚く。
 さて、最後の五つの經驗は「再び見出された時」の第二部のはじめに次から次へと連續的に起る。だからそれ全部でもつて一つの靈感を形づくるものと見て差支へない。其處でプルウストは彼の作品がいかにして生れたかを自ら語つてゐるのだ。

          ※[#アステリズム、1−12−94]

 ゲルマント邸に於けるマチネに招待されて、彼は途すがら、いかに自分には文學的才能が缺けてゐるか、のみならず文學そのものが空虚なものであるかを悲しい氣持で考へながら、其處へ出かけて行く。中庭を横切らうとしたとき彼はあんまりぼんやりしてゐたものだから、向うからくる自動車に氣づかなかつた。運轉手の叫びで、彼は慌てて脇へどく。そして彼は思はず出つぱつてゐた敷石につまづく。が、眞直にならうとして、彼がその足を前のよりもいくらか低くなつた石の上にのせた瞬間、彼の悲しい氣持は突然消えてしま
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