んということもなくその表紙の絵をスゥイスあたりの冬景色だろう位におもって見ていたら、宿の主人がそばから見て、それは軽井沢の絵ですね、とすこしも疑わずに言うので、しまいには僕まで、これはひょっとしたら軽井沢の何処かに、冬になって、すっかり雪に埋まってしまうと、これとそっくりな風景がひとりでに出来あがるのかもしれない、と思い出したものだ。そうしたら急に、こんな絵はがきのような山小屋で、一冬、犬でも飼うて、暮らしたくなった。その夢はそれからやっと二三年立って実現された。――その冬は、おもいがけず悲しい思い出になったが、それはともかくも、あの頃の――立原などもまだ生きていて一しょに遊んでいた頃の僕たちときたら、まだ若々しく、そんな他愛のない夢にも自分の一生を賭《か》けるようなことまでしかねなかった。まあ、そういう時代のかたみのようなものだが、――その十銭の雑記帳の表紙の絵を、僕はこういう落日を前にして、しみじみと思い浮べているようなこともあるしね。……だが、きょうは、君のおかげで、枯木林のなかの落日の光景がうかぶ。雪の面《おもて》には木々の影がいくすじとなく異様に長ながと横わっている。それがこ
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