ながら、立原道造さんの詩にも、こうやって林の中をひとりで歩きながら、深い雪の底に夏の日に咲いていた花がそのまま隠れているような気がしたり、蝶の飛んでいる幻を見たりするような詩があったのを思い出しました。
 主 立原は、僕がはじめてここで冬を越したとき、二月になってからやって来た。あいにく僕が病気で寝こんでいたので、君のように、ひとりで林の中を雪だらけになって歩いて帰って来たっけ。そのときの詩だろう。もう七八年前になるかなあ。……どうだい、狐のやつの足跡はついていなかったかい?
 学生 狐の足跡はどうも分かりませんでした。どんなんだか、まだそれもよくは……。
 主 そうだな、こう、まっすぐに、一本の点線を雪の面《おもて》にすうっと描いたような具合に、林のへりなぞをよく縫い歩いているのだがね。兎のやつのは、そこいら中を無茶苦茶に跳びまわると見え、足跡も一めんに入りみだれているが、狐のやつのは、いつもこう一すじにすうっとついている。そしてそのまま林の奥にほそぼそと消えていたり、どうかすると思いがけず農家の背戸《せど》のあたりまで近づいて来ていたりする。
 学生 狐なぞがまだこのへんにうろつい
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