か古い手紙の切れっぱしのようなものの挟まってあるのを発見した。彼はそれを女の筆跡らしいと思った。そしてそれを何気なく読んだ。もう一度読みかえした。それからそれを注意深く元の場所にはさんで、なるたけ奥の方にその本を入れて置いた。覚えておくためにその表紙を見たら、それはメリメの書簡集だった。
 それからしばらく、彼は口癖のように繰り返していた。
 ――どちらが相手をより多く苦しますことが出来るか、私たちは試して見ましょう……


 夕方になると、扁理は自分のアパアトメントに帰える。
 彼の部屋は実によく散らかっている。それは彼が毎日九鬼の書庫を整理するのと同じような根気よさで、散らかしたもののように見える。――或る日、彼がその部屋へはいって行くと、新聞とか雑誌とかネクタイとか薔薇《ばら》とかパイプなどの堆積《たいせき》の上に、丁度水たまりの上に浮んだ石油のように、虹色になって何かが浮んでいるのを彼は発見した。
 それは、よく見ると、一つの美しい封筒だった。裏がえすと細木と書いてあった。そしてその筆跡は彼にすぐこの間のメリメ書簡集のなかに発見した古手紙のそれを思い出させた。
 彼は丁寧に封筒
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