いて、前よりはすこし悲しそうに、すこし痩《や》せて。
そしてさっきも、群集の間から、自動車のなかに死んだようになっている夫人をガラスごしに見たときは、彼は自分が歩きながら夢を見ているのではないかと信じたくらいだった……
告別式の混雑によってすっかり死の感情を忘れさせられながら、その式場から帰ってきた扁理は、埃だらけのカッフェのなかに、再びその死の感情を夫人と共に発見した。
彼にはそれらのものが近づき難いように思われた。そこでそれらに近づくために彼は出来るだけ悲しみを装おうとした。だが、自分で気のついているよりずっと深いものだった、彼自身の悲しみがそれを彼にうまくさせなかった。そして愚かそうに、彼はそこに突立っていた。
「どうでしたか?」夫人が彼の方に顔をあげた。
「え、まだ大変な混雑です」彼はどぎまぎしながら答えた。
「では、私、もうあちらへお伺いしないで、このまま帰りますわ……」
そう言いながら夫人は自分の帯の間から小さな名刺を出してそれを彼に渡した。
「すっかりお見それして居りましたの……こんどお閑《ひま》でしたら、宅へもお遊びにいらしって下さいませ」
扁理は、自分が
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