。そうしてこんな風に私たちから遠ざからせてしまったのにちがいない。それに、あの人は始終自分の貧乏なことを気にしていたようだけれど……(そんな考えがさっと少女の頬を赤らめた)……それで、あの人は私のお母さんに誘惑者のように思われたくなかったのかも知れない。あの人が私のお母さんを怖れていたことはそれは本当だわ。こんな風にあの人を遠ざからせてしまったのはお母さんだって悪いんだ。私のせいばかりではない。ひょっとしたら何もかもお母さんのせいかも知れない……
そんな風にこんぐらかった独語が、娘の顔の上にいつのまにか、十七の少女に似つかわしくないような、にがにがしげな表情を雕《ほ》りつけていた。それは実に彼女自身への意地であったのだけれども、彼女には、それを彼女の母への意地であるかのように誤って信じさせながら……
「はいってもよくって?」
そのとき部屋の外で母の声がした。
「いいわ」
絹子は、彼女の母がはいって来るのを見ると、いきなり自分の狂暴な顔を壁の方にねじむけた。細木夫人はそれを彼女が涙をかくすためにしたのだとしか思わなかった。
「河野さんから絵はがきが来たのよ」と夫人はおどおどしな
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