アモンドは硝子《ガラス》を傷ける」という原理を思い出して、自分もまた九鬼のように傷つけられないうちに、彼女たちから早く遠ざかってしまった方がいいと考えた。そして彼は彼独特の言い方で自分に向って言った。――自分を彼女たちに近づけさせたところの九鬼の死そのものが、今度は逆に自分を彼女たちから遠ざけさせるのだと。
そしてそういう驚くほど簡単な考え方で彼女たちから遠ざかりながら、扁理は再び自分の散らかった部屋のなかに閉じこもって、自分一人きりで生きようとした。すると今度は、その閉じ切った部屋の中から、本当の倦怠が生れ出した。しかし扁理自身はその本物も贋物《にせもの》もごっちゃにしながら、ただ、そういうものから自分を救い出してくれるような一つの合図しか待っていなかった。
一つの合図。それはカジノの踊り子たちに夢中になっている彼の友人たちから来た。
或る晩、扁理は友人たちと一しょにコック場のような臭いのするカジノの楽屋廊下に立ちながら、踊り子たちを待っていた。
彼はすぐ一人の踊り子を知った。
その踊り子は小さくて、そんなに美しくなかった。そして一日十幾回の踊りにすっかり疲れていた。だが、
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