その自棄気味《やけぎみ》で、陽気そうなところが、扁理の心をひきつけた。彼はその踊り子に気に入るために出来るだけ自分も陽気になろうとした。
しかし踊り子の陽気そうなのは、彼女の悪い技巧にすぎなかった。彼女もまた彼と同じくらいに臆病だった。が、彼女の臆病は、人に欺かれまいとするあまりに人を欺こうとする種類のそれだった。
彼女は扁理の心を奪おうとして、他のすべての男たちとふざけ合った。そして彼を自分から離すまいとして、彼と約束して置きながら、わざと彼を待ち呆けさせた。
一度、扁理が踊り子の肩に手をかけようとしたことがある。すると踊り子はすばやくその手から自分の肩を引いてしまった。そして彼女は、扁理が顔を赤らめているのを見ながら、彼の心を奪いつつあると信じた。
こういう二人の気の小さな恋人同志がどうして何時までもうまくやって行けるだろうか?
或る日、彼は公園の噴水のほとりで踊り子を待っていた。彼女はなかなかやって来ない。それには慣れているから彼はそれをそれほど苦痛には感じない。が、そのうちふと、踊り子とは別の少女――絹子のことを彼は考え出した。そして若《も》しいま自分の待っているのが
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