いたが、それでも絹子にすすめられるまま、客間に腰を下してしまった。
 あいにく雨が降っていた。それでこの前のように庭へ出ることもできないのだ。
 二人は向い合って坐っていたが、別に話すこともなかったし、それに二人はお互に、相手が退屈しているだろうと想像することによって、自分自身までも退屈しているかのように感じていた。
 そうして二人は長い間、へんに息苦しい沈黙のなかに坐っていた。
 しかし二人は室内の暗くなったことにも気のつかないくらいだった。――そんなに暗くなっていることに初めて気がつくと、驚いて扁理は帰って行った。
 絹子はそのあとで、何だか頭痛がするような気がした。彼女はそれを扁理との退屈な時間のせいにした。だが、実は、それは薔薇《ばら》のそばにあんまり長く居過ぎたための頭痛のようなものだったのだ。

    ※[#アステリズム、1−12−94]

 そういう愛の最初の徴候は、絹子と同じように、扁理にも現われだした。
 自分の乱雑な生き方のおかげで、扁理はその徴候をば単なる倦怠《けんたい》のそれと間違えながら、それを女達の硬い性質と自分の弱い性質との差異のせいにした。そして「ダイ
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