出しながら。そうして彼は夫人の顔が気味悪いくらいに蒼ざめているのに気づいた。
「この人の様子にはどこかしら罪人と云った風があるな」と扁理は考えた。
その時、庭の中から絹子が彼に声をかけた。
「庭をごらんになりません?」
彼は夫人をそのまま一人きりにさせて置く方が彼女の気に入るだろうと考えながら、ひっそりとした庭のなかへ絹子のあとについて行った。
少女は、扁理を自分のうしろに従えながら、庭の奥の方へはいって行けば行くほど、へんに歩きにくくなり出した。彼女はそれを自分のうしろにいる扁理のためだとは気づかなかった。そして少女のみが思いつき得るような単純な理由を発見した。彼女は扁理をふりかえりながら言った。
「このへんに野薔薇がありますから、踏むと危のうございますわ」
野薔薇に花が咲いているには季節があまり早すぎた。そして扁理には、どれが野薔薇だか、その葉だけでは見わけられないのだ。彼もまた、いつのまにか不器用に歩き出していた。
絹子は、自分では少しも気づかなかったが、扁理に初めて会った時分から、少しずつ心が動揺しだしていた。――扁理に初めて会った時分からではすこし正確ではない。
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