弘の母などに見てもらいながら、娘たちは大騒ぎをして花を活《い》けているのである。――弘はときどき足を投げ出して、仰向けに寝ころんでは、娘たちの笑い声にじっと耳をすます。そうしてその五六人の笑い声の中から或る一つの笑い声だけを聞き分けようとしている。やっとそれがかすかに他から区別されて聞えることがある。するとその笑い声だけが急に一瞬間高くなって、他の声が見る見る低くなっていくような気がする。そうしてその笑いは、少年の目の前に、晴れやかに笑っている、一つの可愛らしい娘の顔の image を喚起させる。が、その笑いは再び他の笑いに消されがちになっていって、それと一緒にその可愛らしい image もだんだん暈《ぼや》けていく。少年はそれだけでも満足して、再び起き上って、茶ぶ台に向うのであった。……
すると路地のうちに小きざみな足音がして、格子ががらりと開いたので、もうおばさんが帰ってきたのかしらと思って、弘がふりむいてみると、おばさんではない。半分開いた格子戸に手をかけたまま、派手な銀杏《いちょう》がえしに結った若い娘が、大きな目をして、彼の方を見つめている。
「なあんだ、照ちゃんか。おばさ
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