も見えなかったけれど、私はふとその閉め切った障子の奥に誰かが居るような気配を感じ、その瞬間私にはその人が何んだか私の母をもうすこし若くしたくらいの年恰好の美しい婦人であるように思われてならないのだった。(が、今考えてみると、そういうようなすべては、その小家を埋めるようにしていた、それらの黄だの白だのの見知らぬ花々の微妙な影響に過ぎなかったのかも知れない。……)
その小家のあたりから、道は両側とも竹垣に挾《はさ》まれながら、真直《まっすぐ》に寺の庫裡《くり》の方に通じているらしかった。その竹垣の一方はまださっきから見え隠れしている庭の続きであったが、もう一方はいつのまにか大小さまざまな墓の立ち並んだ墓地になっていた。私たちはその墓地の方へ抜け出ようとして、その竹垣を乗り越すのにいろいろな苦心をした。
私たちがそんな寺の裏の、いかにも秘密に充《み》ちたような抜け道(?)をたった一遍きりしか通ったことのないのは、その時まだその竹垣をみんなで乗り越してしまわないうちに、寺の爺たちに見つかって、散々な目に遇《あ》ったからだ。その時くらい爺たちが私たちに向って腹を立てたことは今までにもなかった
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