いられなかった。……それから私たちは急にひっそりとなって、その崩れ落ちそうな溝づたいに一列にならんで歩き出したが、その道のもう一方の側はどうなっていたのか今はっきり思い出せない。そこまで来てしまうと、どっちを向いてももう殆《ほと》んどさっきの人家らしいものが目に入らなかったようだが、ことによると私たちのまわりには私たちよりも丈高《たけたか》く雑草が生《お》い茂っていたのか知れぬ。そう云えばそこいらが一面の薄《すすき》だったような気もする。
 私たちは何時《いつ》の間にかとんでもない場所へ来てしまったような不安な気持になって、お互に無言のまま、おっかなびっくりそんな場所を歩き続けて行ったが、そのうち再び驚かされたのは、そんな寺の裏なんぞの、恐らく四方から墓ばかりに取り囲まれているであろうようなところに、一軒ぽつんと小さな家が見え始めたことだった。さっきの雑草もその小家のあたりだけは綺麗に取除かれ、その代りそこら一面に、その小家を殆んど埋めるくらいにして、黄や白だのの見知らぬ花が美しく咲きみだれていた。その見なれない小家の前を私たちがこっそり通り抜けようとしたとき、その家のなかの様子は少し
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