円通庵《えんつうあん》とか云った。丁度その尼寺の筋向うに、ちょっと通り抜けられそうもない路地があったが、その中へ私たちの小案内者が、ずんずん得意そうに入って行くので、私たちもさも面白いことでもするようにその汚《きたな》い路地の中へ入って行った。最初のうちは何んだかゴミゴミした汚らしい小家の台所の前などを右へ折れたり左へ折れたりしていたが、そのうち半ばこわれかかった一つの柴折戸《しおりど》のあるのを先頭のものがそっと押して中へはいって行った。と、いままで何か言いあっていたものたちが、そのとき急にばったりと話しやめた。不意に意外な場所に出たものと見える。やっと自分の番になって、その中へはいって見ると、私たちの目の前には、いまにも崩《くず》れそうな小さな溝《みぞ》を隔てて、目のあらい竹垣の向うに、まだ見たこともないような怪奇な庭が横《よこた》わっていた。そこには無気味に感じられる恰好《かっこう》の巌石がそば立ち、緑青《ろくしょう》いろをした古い池があり、その池の端には松の木ばかりが何本も煙のように這《は》いまわっていた。そしてそれが常泉寺の奥の院の庭であるのを知った時、私たちは一層驚かずには
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