しかし私は前よりもっと小さくなって転がっていた。私の父は私がまた母のことを思い出してそんな風に悲しそうにしているのだと信じているらしかった。それが私には羞《はず》かしかった。……
私はこういうY村に於ける私の悲歌《エレジイ》をいつか一ぺん書いて置きたいと思っていた。それから数年後の、或る秋晴れの日だった。私は自転車に乗って、その村を一周《ひとまわ》りして来ることを思いついた。私は地震のとき、跣足《はだし》になって逃げて行った道筋のとおりに、うすぎたない場末の町のなかを抜けて行った。多くの工場が、入れかわり立ちかわり、同じようなモオタアの音をさせながら遠くまで私について来た。とうとう私は川に架《かか》っている一つの長い木の橋の上へ出た。Y村がやっとその川向うに見え出した。
私はその橋に差しかかりながら、その橋の真ん中近くに人立ちのしているのを認めた。橋の欄干がそこだけ折れていて、その代りに一本の縄《なわ》が張られていた。私も自転車から降りて、人々の見下ろしている川の中を覗《のぞ》いて見た。数日前、そこから一台の貨物自動車が墜落したものらしかった。しかし、その橋の下には一面に葦《あし
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