た。
その日から、私は空気銃を肩にしては、毎日のように近くの林の中をぶらつき、日の暮れ方、その窓の前を少しおどおどしながら通った。それは村に一軒しかない医者の家だった。空気銃は、そんなものを子供らしく自分が肩にしているのをその娘に見られたくはないと思いながら、しかもそれはそんな私の散歩の唯一の口実にさえなっていた。――が、その後、私はその「窓の少女」をついぞ一ぺんも見かけなかった。
そのうちに、夏休みのまま、地震のために延ばされていた秋の学期がそろそろ始まりかけた。私は寄宿舎へ帰らなければならなかった。で、私はこれがもうこの村の最後の散歩かと思って、いつものように窮屈な服をつけ、空気銃を肩にして、何処に行ってもコスモスの咲いているその村をあちらこちらと歩き廻っていた。
そうしていると、秋ながら、汗の出てくるほどの好い天気だった。……すこし草臥《くたび》れたので、私はとある小さな林の中にはいって、一本の松の木の根に腰をかけながら、足を休めていた。私は暫く其処にそうして、ときどき自分の頭上の木と木の間を透いて見える水のような空を見上げながら、ぼんやりと煙草をふかしていた。
そのと
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