計画を立てながら、あんなにも夢みていた、そしてそれは遠い見知らないところにのみあると思っていた「人生」が、私からつい数歩向うの窓に倚《よ》りかかっているのを、こんなに思いがけず発見して、私はなんだかどぎまぎしていた。そして私は、その娘のもの珍らしげな視線をいつまでも自分の背中に感じながら、其処を通り過ぎていった。その日は、私は二三日前或る友人の送ってくれた、そのお古の、すこし小さくて私の体によく合わない、高等学校の制服をちょこんと着ていたし、おまけに空気銃などを肩にしていたので、そんな私の後姿がいかにもその娘に滑稽《こっけい》に見えそうでならなかった。
 自分の家へ帰って来てからも、私は何もしないで、窓のすぐ向うの井戸端で、鶏が騒いだり、水を汲みに来ている女たちが口々にしゃべっているのをぼんやりと聞いていた。いつもは私の聞きづらがっている、それらの田舎言葉さえ、何んだか遠い見知らない土地に来てそれを聞いてでもいるかのように、私にはなつかしく思われた。……
 父が帰って来ると、私はいつになく、元気よく父と一しょに台所へ行って、さも面白いことでもするように、茶碗《ちゃわん》や皿を洗ったりし
前へ 次へ
全37ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング