地震の際にその一人娘からはぐれてしまい、それきりその娘が見つからないのでもう死んだものと思い込んでいた矢先き、焼跡でひょっくりその娘に出会い、その言いようのない嬉《うれ》しさのあまり、其処《そこ》にあった瓦《かわら》でその娘を撲《なぐ》り殺してしまったと言うことだった。――その噂は私をどきりとさせた。「母親というのはそんなものかなあ……」とそれから私はそれを胸を一ぱいにさせながら考え出していた。――或る日、私はその小さな村を真ん中から二等分している一すじの掘割に、いくつとなく架けられている古い木の橋の一つの袂《たもと》に、学校帰りらしい村の子供たちが一塊《ひとかたま》りになっているのを認めた。私が何気なくそれに近づいて行くと、環《わ》のようになっていた子供たちがさっと道を開いた。見ると、その子供たちに取り囲まれているのは、襤褸《ぼろ》をまとった、一人の五十ぐらいの女だった。髪をふりみだし、竹で出来ている手籠《てかご》のようなものを腕にぶらさげていた。その中には何んだかカンナ屑《くず》のようなものが一ぱい詰まっているきりだったが、それがその女には綺麗《きれい》な花にでも見えているのかも知
前へ
次へ
全37ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング