も遊びに来たものだった。が、それっきり、その地震の時まで、私は殆《ほと》んどこの村を訪れたことがなかった。――そんなに足場の悪い、貧弱な村も、その地震の直後は、避難民たちで一ぱいになり、そのひっそりした隅々《すみずみ》まで引っくり返されたように見えたが、二週間たち、三週間たちしているうちに、それらの人々も、或るものは焼跡へ帰って行ったり、又、他のものは田舎《いなか》の、それぞれに縁故のある村へ立ち退《の》いて行ったりして、この村も、丁度コスモスの咲き出した頃には、漸《ようや》くその本来のもの静かな性質を取り戻しつつあった。
 私は父とその村に小さな家を借りて、しばらく落着いていることにしたのだが、その頃私はと言えば、何んとも言いようのない、可笑《おか》しな矛盾に苦しめられていた。私は私の母を、その地震によって失ったばかりであった。それにもかかわらず、私には自分がその事からさほど大きな打撃を受けているとはどうしても信じられなかったのだ。私自身にもそれが意外な位であった。そうしてそれは、その村で私の出遇《であ》った昔の知人どもが、「まあ、お可哀そうに……」と言いたげな顔つきで私を見ながら、
前へ 次へ
全37ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング