りまだ帰って来ないのである。親ゆずりでお祭りなんぞも好きな性分だから、父と一しょになって、神輿《みこし》の世話を手つだいだしているのかも知れない。そうして、そんな弘よりも先きに、中洲へ出かけていたおばさんの方がかえって来てしまったのである。
「誰かと思ったらお照だったのかい?……弘ちゃんは……」
「いましがたお向うのおばさんがいらっしって、お使いにやられたわ。」
おばさんは長火鉢の向うの、さっきまで弘の坐っていた場所へ、
「ああ草臥《くたび》れたこと。」と言いながら、どっかと坐った。
「あたし、そこまで髪を結いにきたの。……ちょっと寄ったら留守番をおおせつかっちゃった。……でも、もうこうしちゃいられないわ。また、来ますわ。」
「まあお茶でも飲んでおいでよ。」
「お茶なら、ほんとにあたし、もう沢山。……なんだかきょうの髪、すこし根がつまりすぎて……」お照はさっきと同じようなことを言って、まだ気になってしようがないように自分の髪へちょっと手をやっていたが、そのとき急に、向うの家のなかからどっと若い娘たちの笑いくずれる声が起った。――「お向うは大へんね。……」
「姉さんも、この頃はお花にば
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