だった、その清ちゃんの不幸な身の上を考えるともなく考えている。……若い時から落語家の円三さんの弟子になっていたが、中途でぐれ出して、旅廻りの浪花節《なにわぶし》語りにまで身を堕《おと》していたが、そのうち再び落語家の小かつさんに拾われ、それからは心をいれかえて一しょう懸命に高座を勤めていたので、小かつさんにも可愛がられ、真打《しんうち》になったら自分の名を襲《つ》がせてやろうとまで言われるようになったのに、若いとき身を持ち崩した祟《たた》りで、悪い病気がとうとう脳にきて、その頃|同棲《どうせい》していた、下座《げざ》の三味線|弾《ひ》きのお玉さんの根岸の家で死んだのは、つい一咋年のことだったが、なんだか随分昔のような気もする。その間に、あんまり私も苦労をしすぎたせいかも知れない。そう云や、清ちゃんと私とは同じような性分なのかも知れないな。……と、そんなことやら、あそこで壁を向いてひとり稽古に夢中になっている清ちゃんの後姿を見ながら聞いていると、可笑《おか》しな落語もちっとも可笑しくなかったことやらを、思い浮べて、お照は何気なしにふと淋《さび》しい微笑を誘われていた。……
弘はあれっき
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