れないと思えるほど、大事そうにそれを抱《かか》えているのが私を悲しませた。のみならず、その籠には何処か孔《あな》でもあいていると見えて、その女の歩いてきた跡には細かいカンナ屑がちらほらと二三片ずつ落ち散っていた。その女はしかし、そんなものも、それから自分を取り囲んでいる村の子供たちをすら殆んど認めていないような、空虚な目つきで、じっと自分の前ばかり見まもりながら、いかにも上機嫌《じょうきげん》そうに、ふらりふらりと歩いていた。――私は村びとの噂にばかり聞いていたその気ちがいの女をこうして目《ま》のあたりに見、そしてそれが私の死んだ母と殆んど同じ年輩で、そのせいか、どこやら私の母と似通っているような気もされてくるや否や、急に私の胸ははげしく動悸《どうき》しだして、どうにもこうにもしようがなくなった。私は暫《しばら》くじっとその場に立ちすくんだきりでいた。そうして、母の死が私に与えた創痍《そうい》も殆んどもう癒《いや》されたように思い慣れていたこんな時分になって、突然、そんな工合にひょっくり私のうちに蘇《よみがえ》ったその苦痛が、今までのよりずっとその輪廓《りんかく》がはっきりしていて、そしてその苦痛の度も数層倍|烈《はげ》しいものであることを知って私は愕《おどろ》いたのであった。
私はその村で、それきりその気ちがいの女を見かけなかった。あのような苦痛を私に与えたその女に再び出会うことはどうも恐ろしいような気がしていたが、一方では又、その時の苦痛くらい生き生きと母の俤《おもかげ》を私のうちに蘇らせたものがないので、私は妙にその気ちがいの女を見たいような気もしていたのだった。……
私たちのしばらく借りて住んでいた田舎家は、赤茶けた色をした小さな沼を背にしていた。私の父は本所に小さな護謨《ゴム》工場を持っていた。それが今度すっかり焼けてしまったので、その善後策を講ずるために、殆んど毎日のように父は出歩いていたので、私はいつも一人で留守番をしていた。私は僅《わず》かな本を相手に暮らしていた。「猟人日記」が好きになったのも、この時であった。私の部屋の窓からは、いまにも崩《くず》れそうな生墻《いけがき》を透かして、一棟《ひとむね》の貧しげな長屋の裏側と、それに附属した一つの古い井戸とが眺《なが》められた。しかし、井戸端《いどばた》と私の窓との間には、数本、石榴《ざくろ》の木
前へ
次へ
全19ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング