子《はしご》のようなものを下りて行ったが、底の方の空気が異様に冷え冷えとしているので、思わず身顫《みぶる》いをした。しかし彼をもっと驚かせたのは、その小屋の奥に誰かが彼より先にはいって雨宿りしているらしい気配のした事だった。漸《ようや》く周囲に目の馴れて来た彼は突然の闖入者《ちんにゅうしゃ》の自分のために隅の方へ寄って小さくなっている一人の娘の姿を認めた。
「ひどい雨だな。」彼はそれを認めると、てれ臭そうに独り言をいいながら、娘の方へ背を向けた儘、小屋の外ばかり見上げていた。
 が、雨はいよいよ烈しく降っていた。それは小屋の前の火山灰質の地面を削って其処いらを泥流と化していた。落葉や折れた枝などがそれに押し流されて行くのが見られた。
 半ば毀《こわ》れた藁屋根からは、諸方に雨洩りがしはじめ、明はそれまでの場所に立っていられなくなって、一歩一歩後退して行った。娘との距離がだんだん近づいた。
「ひどい雨ですね。」と明はさっきと同じ文句を今度はもっと上ずった声で娘の方へ向けて云った。
「…………」娘は黙って頷《うなず》いたようだった。
 明はそのとき初めてその娘を間近かに見ながらそれが同じ村
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