かにも娘々した動作がその儘《まま》に残っていた。明はこんな山国にはこんな女の人もいるのかと懐しく思った。
林はまだその枝を透いてあらわに見えている火の山の姿と共に日毎に生気を帯びて来た。
来てから、もう一週間が過ぎた,明は殆ど村じゅうを見て歩いた。森のなかの、昔住んでいた家の方へも何度も行って見た。既に人手に渡っている筈の亡き叔母の小さな別荘もその隣りの三村家の大きな楡《にれ》の木のある別荘も、ここ数年誰も来ないらしく何処もかも釘づけになっていた。夏の午後などよく其処へ皆で集った楡の木の下には、半ば傾いたベンチがいまにも崩れそうな様子で無数の落葉に埋まっていた。明はその楡の木かげでの最後の夏の日の事をいまだに鮮かに思い出すことが出来た。――その夏の末、隣村のホテルに又来ているとかという噂が前からあった森於菟彦が突然O村に訪ねて来てから数日後、急に菜穂子が誰にも知らさずに東京へ引き上げて行ってしまった。その翌日、明はこの木の下で三村夫人からはじめてその事を聞いた。何かそれが自分のせいだと思い込んだらしい少年は落《お》ち著《つ》かないせかせかした様子で、思い切ったように訊《き》いた。
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