らゆき》の残っている、いかにも山国らしい景色に変り出した。明はその夕方近く、雪解けあとの異様な赫肌《あかはだ》をした浅間山を近か近かと背にした、或小さな谷間の停車場に下りた。
 明には停車場から村までの途中の、昔と殆ど変らない景色が何とも云えず寂しい気がした。それはそんな昔のままの景色に比べて彼だけがもう以前の自分ではなくなったような寂しい心もちにさせられたばかりではなく、その景色そのものも昔から寂しかったのだ。――停車場からの坂道、おりからの夕焼空を反射させている道端の残雪、森のかたわらに置き忘れられたように立っている一軒の廃屋にちかい小家、尽きない森、その森も漸《や》っと半分過ぎたことを知らせる或|岐《わか》れ道《みち》(その一方は村へ、もう一方は明がそこで少年の夏の日を過した森の家へ通じていた……)、その森から出た途端旅人の眼に印象深く入って来る火の山の裾野に一塊りになって傾いている小さな村……

 O村での静かなすこし気の遠くなるような生活が始まった。
 山国の春は遅かった。林はまだ殆ど裸かだった。しかしもう梢から梢へくぐり抜ける小鳥たちの影には春らしい敏捷《びんしょう》さが見
前へ 次へ
全188ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング