古綿のような雲が掩《おお》いかぶさっていたが、一瞬間、稲妻がそれをジグザグに引き裂いた。と思うと、そのあたりで凄《すさ》まじい雷鳴がした。それから突然、屋根板に一つかみの小石が絶えず投げつけられるような音がしだした。……私たちはしばらくうつけたように、お互に顔を見合わせていた。それは非常に長い時間に見えた。……それまでちょっとエンジンの音を止めていた自動車が、不意に野獣のようにあばれ出した。木の枝の折れる音が続けざまに私たちの耳にもはいった。
「だいぶ木の枝を折ったようですな……」
「うちのだか何処のだか分らないんですから、ようございますわ」
稲妻がときどき枝を折られたそれらの灌木を照らしていた。
それからまだしばらく雷鳴がしていたが、やっとのことで向うの雑木林の上方がうっすらと明るくなりだした。私たちは何んだかほっとしたような気持がした。そうしてだんだん草の葉が日にひかり出すのをまぶしそうに見ていると、又しても、屋根板にぱらぱらと大きな音がした。私たちは思わず顔を見合わせた。が、それは楡の木の葉のしずくする音だった……
「雨が上ったようですから、少しそこいらを歩いて御覧になりませ
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