それが私には心なしか、なんだかお一人で私のところへいらっしゃるのを躊躇《ちゅうちょ》なさっていられるようにも思えた。
私はそれから階下へ降りていって、とり散らかした茶テエブルの上などを片づけながら、何喰わぬ顔をしてお待ちしていた。やっと楡の木の下に森さんが現われた。私ははじめて気がついたように、惶《あわ》ててあの方をお迎えした。
「どうも、飛んだところへはいり込んでしまいまして……」
あの方は、私の前に突立ったまま、灌木の茂みの向うにまだ車体の一部を覗かせながら、しきりなしに爆音を立てている車の方を振り向いていた。
私はともかくあの方をお上げして置いて、それからお隣りへ遊びに行っているお前を呼びにでもやろうと思っているうちに、さっきからすこし怪しかった空が急に暗くなって来て、いまにも夕立の来そうな空合いになった。森さんは何だか困ったような顔つきをなさって、
「安宅さんをお誘いしたら、何んだか夕立が来そうだから厭《いや》だと云っていましたが、どうも安宅さんの方が当ったようですな……」
そう云われながら、絶えずその暗くなった空を気になさっていた。
向うの雑木林の上方に、いちめんに
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