か、安宅さんが行かれなかったら私一人でも参りますよ、などとまで仰しゃった。ほんの気まぐれからそう仰しゃったのではなく、何んだかお一人でもいらっしゃりそうな気がしたほどだった。
それから一週間ばかり立った、或る日の午後だった。私の別荘の裏の、雑木林のなかで自動車の爆音らしいものが起った。車などのはいって来られそうもないところだのに誰がそんなところに自動車を乗り入れたのだろう、道でも間違えたのかしらと思いながら、丁度私は二階の部屋にいたので窓から見下ろすと、雑木林の中にはさまってとうとう身動きがとれなくなってしまっている自動車の中から、森さんが一人で降りて来られた。そして私のいる窓の方をお見上げになったが、丁度一本の楡《にれ》の木の陰になって、向うでは私にお気づきにならないらしかった。それに、うちの庭と、いまあの方の立っていらっしゃる場所との間には、薄《すすき》だの、細かい花を咲かせた灌木《かんぼく》だのが一面に生い茂っていた。――そのため、間違った道へ自動車を乗り入られたあの方は、私の家のすぐ裏の、ついそこまで来ていながら、それらに遮ぎられて、いつまでもこちらへいらっしゃれずにいた。
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