定刻に少し間があったので、私たちはヴェランダに出て待っていた。その時私はひょっくりミッション・スクール時代のお友達で、今は知名のピアニストになっていられる安宅さんにお会いした。安宅さんはその時、三十七八の、背の高い、痩《や》せぎすの男の方と立ち話をされていた。それは私も一面識のある森於菟彦さんだった。私よりも五つか六つ年下で、まだ御独身《おひとりみ》の方だけれど、brilliant という字の化身のようなそのお方と親しくお話をするだけの勇気は私には無かった。安宅さんと何やら気の利いた常談を交わしていらっしゃるらしいのを、私たちだけは無骨者らしい顔をして眺めていた。しかし森さんは私たちのそんな気持がおわかりだったと見え、安宅さんが何か用事があってその場を外されると、私たちの傍に近づかれて二言三言話しかけられたが、それは決して私たちを困らせるようなお話し方ではなかった。
 それで私もつい気やすくなり、その方のお話相手になっていた。聞かれるままに私どものいるO村のことをお話すると、大へん好奇心をお持ちになったようだった。そのうち安宅さんをお誘いしてお訪ねしたいと思いますがよろしゅうございます
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