うといまいと構わないように、黙って頷《うなず》いただけだった。
「何あに、此處にもう暫く落ち著いていれば、お前なんぞはすぐ癒《なお》るさ。」圭介はさっき思わず目に入れたあの喀血患者の死にかかった鳥のような無気味な目つきを浮べながら、菜穂子の方へ思い切って探るような目を向けた。
しかし彼はそのとき菜穂子の何か彼を憐れむような目つきと目を合わせると、思わず顔をそむけ、どうして此の女はいつもこんな目つきでしか俺を見られないんだろうと訝《いぶか》りながら、雨のふきつけている窓の方へ近づいて行った。窓の外には、向う側の病棟も見えない位飛沫を散らしながら、木々が木の葉をざわめかせていた。
暮方になっても、この荒れ気味の雨は歇《や》まず、そのため圭介もいっこう帰ろうとはしなかった。とうとう日が暮れかかって来た。
「ここの療養所へ泊めて貰えるかしら?」窓ぎわに腕を組んで木々のざわめきを見つめていた圭介が不意に口をきいた。
彼女は訝かしそうに返事をした。「泊って入らっしゃっていいの? そんなら村へ行けば宿屋だってないことはないわ。しかし、此処じゃ……」
「しかし此処だって泊めて貰えないことはない
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