つくと、その顔の向きを変えずに、鳥のように大きく見ひらいた眼だけを彼の方へそろそろと向け出した。
圭介は思わずぎょっとしながら、その扉の傍をいそいで通り過ぎようとすると、同時に内側からも誰かが近づいて来てその扉を締めた。その途端、何やらひょいと会釈されたようなので、気がついて見ると、それはもう白衣に着換えた、駅から一しょに来たさっきの若い女だった。
圭介は漸っと廊下で一人の看護婦を捉えて訊《き》くと、菜穂子のいる病棟はもう一つ先の病棟だった。教わったとおり、突き当りの階段を上がると、ああ此処だったなと前に妻の入院に附添って来たときの事を何かと思い出し、急に胸をときめかせながら菜穂子のいる三号室に近づいて行った。事によったら、菜穂子もすっかり衰弱して、さっきの若い喀血《かっけつ》患者《かんじゃ》のような無気味なほど大きな眼でこちらを最初誰だか分からないように見るのではないかと考えながら、そんな自身の考えに思わず身慄《みぶる》いをした。
圭介は先ず心を落ち著けて、ちょっと扉をたたいてから、それを徐《しず》かに明けて見ると、病人は寝台の上に向う向きになった儘《まま》でいた。病人は誰がは
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