しながらすっかり枯れていた。菜穂子は、形のいい葉が風に揺れて光っている一方の梢と、痛々しいまでに枯れたもう一方の梢とを見比べながら、
「私もあんな風に生きているのだわ、きっと。半分枯れた儘で……」と考えた。
 彼女は何かそんな考えに一人で感動しながら、牧場を引き返すときにはもう牛や馬を怖いとも思わなかった。

 六月の末に近づくと、空は梅雨らしく曇って、幾日も菜穂子は散歩に出られない日が続いた。こういう無聊《ぶりょう》な日々は、さすがの菜穂子にも殆ど堪えがたかった。一日中、何んという事もなしに日の暮れるのが待たれ、そして漸《や》っと夜が来たと思うと、いつも気のめいるような雨の音がし出していた。
 そんな薄寒いような日、突然圭介の母が見舞に来た。その事を知って、菜穂子が玄関まで迎えに行くと、丁度其処では一人の若い患者が他の患者や看護婦に見送られながら退院して行くところだった。菜穂子も姑と一しょにそれを見送っていると、傍にいた看護婦の一人がそっと彼女に、その若い農林技師は自分がしかけて来た研究を完成して来たいからと云って医師の忠告もきかずに独断で山を下りて行くのだと囁《ささや》いた。「まあ
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