」と思わず口に出しながら、菜穂子は改めてその若い男を見た。彼だけはもう背広姿だったので、ちょっと見たところは病人とは思えない位だったが、よく見ると手足の真黒に日に灼《や》けた他の患者達よりもずっと痩《や》せこけ、顔色も悪かった。その代り、他の患者達に見られない、何か切迫した生気が眉宇《びう》に漂っていた。彼女はその未知の青年に一種の好意に近いものを感じた。……
「あそこにいたのが患者さんたちなのかえ?」姑は菜穂子と廊下を歩き出しながら、訝《いぶか》しそうな口吻《くちぶり》で云った。「どの人も皆普通の人よりか丈夫そうじゃないか。」
「ああ見えても、皆悪いのよ。」菜穂子は心にもなく彼等の味方についた。
「気圧なんかが急に変ったりすると、あんな人達の中からも喀血《かっけつ》したりする人がすぐ出るのよ。ああして患者同志が落ち合ったりすると、こんどは誰の番だろうと思いながら、それが自分の番かも知れない不安だけはお互に隠そうとし合うのね、だから元気というよりか、寧《むし》ろはしゃいでいるだけだわ。」
 菜穂子はそんな彼女らしい独断を下しながら、自分自身も姑にはすっかり快くなったように見え、こんな山
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